更新:2025年06月23日変化を受け入れ、進み続ける――玉子屋50年の歩み
2025年、玉子屋は創業50周年を迎えました。
この節目に、創業者である会長と現社長による親子対談を実現。「ゼロから4万食へ」「華麗なる中小企業であり続ける」「三方よし(売り手よし・買い手よし・世間よし)の経営」――。
玉子屋の原点、事業承継のリアル、そしてこれからの挑戦について語っていただきました。
テーマ1:玉子屋のはじまり
――まずは、玉子屋の原点についてお聞かせください。
会長: 終戦後、父が大森で卵の販売を始めたのが、玉子屋の原点です。最初は卵だけを扱っていましたが、やがて鶏肉も取り扱うようになりました。卵や鶏肉の評判が広まり、遠方から買いに来てくれるお客様も多かったですね。
私自身は、銀座の高校に通いながら店を手伝い、大学には行かず富士銀行(現みずほ銀行)で4年ほど働いた後、家業に入りました。その頃、父が始めた魚屋も任されるようになり、友人と一緒に魚を仕入れたりして仕事を楽しんでいました。さらに、とんかつが人気の割烹屋を始め、多角的な商売に発展していきました。
この割烹屋で作ったおかずを、近くの町工場に配達したことが、お弁当のデリバリー事業の始まりでした。最初は風呂敷に包んで10食、20食と届けていましたが、町工場が多く、配達の需要はどんどん高まっていきました。やがて三井造船様から大口注文を受け、数百食から1000食、2000食と注文が増え、弁当屋一本に絞ることになりました。
正直なところ、「こうなろう」と明確な目標があったわけではありません。やっていて面白かったから続けてきた、という気持ちが大きいです。
テーマ2:家業から企業へ
――事業承継や親子の役割分担について、どのように歩んできたのでしょうか。
社長: 私は子どもの頃、肉屋や魚屋、割烹など家業の現場を見て育ちましたが、正直、家業の弁当屋になるつもりはありませんでした。高校・大学では野球に打ち込み、卒業後は父と同じ銀行に勤めました。
働くうちに自分に足りない部分を感じて、マーケティング会社に転職しました。そこで、初めて“お客さん”として玉子屋のお弁当を食べたんです。父親のやっている弁当屋もなかなか頑張っているな、と感じていました。
社会人として仕事を重ねるうちに、商売の面白さや可能性を感じるようになり、27歳の時に「玉子屋に戻ろう」と決意しました。父(会長)は「好きにやっていい、つぶしてもいい」と任せてくれました。もちろん本気で会社をつぶしてもいいと思っていたわけではなく、それだけ思い切りやってほしいという意味だと思っていましたけど。最初の3年間は「こうやれ」とは言わず、質問したことにだけ答えてくれた。やりたいことは全てやらせてもらえたことが、今につながっていると思います。
会長: 私は「ゼロからモノを生み出す」のが得意なタイプ。息子(社長)は「1を10、100に育てる」のが得意なタイプ。お互いにない部分を尊重し合ってきたから、事業承継もうまくいったのだと思います。
「会社を大きくするな。華麗なる中小企業であれ」というのが私の持論です。働く人が日々を楽しく過ごし、賃金も良い。それが理想です。
社長: コロナ禍までは「50〜60億の売上で、少し利益を出して100年続く中小企業でいける」と思っていましたが、コロナの影響でオフィス街から人が減り、働き方や食のニーズが大きく変わりました。
その結果、これまでのビジネスモデルだけでは立ち行かなくなり、今は新たな方向性を模索する過渡期を迎えています。でも、「三方よし」――会社が健全経営で、従業員が喜び、お客様が美味しいと思ってくれる。これが玉子屋の根幹です。
テーマ3:これからの玉子屋
――これからの玉子屋について、どのように考えていますか。
社長: コロナでオフィス街の需要が大きく減りました。一方、小中学生への給食のニーズが高まり、私立校や学童から声がかかるようになり、子どもたちにも玉子屋のお弁当を届けるようになりました。
「500円前後で、肉・魚・野菜をバランスよく食べてもらいたい」という原点は変わりません。今後は、求められるなら他県や海外への展開にもチャレンジしていきたいと考えています。
ただし、規模の拡大を目的にするのではなく、今いる仲間やこれから加わる仲間とともに、これからも一歩一歩、新しい挑戦を続けていきたいと考えています。
会長: 従業員には「人間力」を大切にしてほしい。機械化が進んでも、喜怒哀楽を持って人生を楽しんでほしい。
お客様には、これまで支えていただいたことに心から感謝しています。衛生面で問題があった時も、信じてついてきてくださった。失敗もあったけれど、全てが今に生きていると思います。
社長: 玉子屋はこれからもアットホームな雰囲気を大切に、従業員が自分の力を活かしてチャレンジできる会社でありたい。お客様にも引き続き信頼していただき、これからも長くお付き合いいただけるよう努力していきます。
まとめ
社長: この50年、玉子屋の歩みは決して順風満帆ではありませんでした。
時には思いがけない困難や社会の大きな変化に直面し、今もなお会社を立て直している最中です。それでも、節目ごとに従業員と本気で向き合い、新しいお客様との出会いに挑戦してきました。
苦しい時期にお客様が離れてしまうこともありましたが、支えてくださった方々のおかげで、今の玉子屋があります。「生かされている」という思いは年々強くなっています。自分一人の力ではなく、多くの人や出来事に助けられてきたことに、心から感謝しています。
私にとって「社会に貢献する」とは、従業員が喜び、お客様が喜んでくださること。その延長線上に、私たちの仕事の意義があると信じています。これからも、従業員とお客様の喜びを何より大切に、皆さまの暮らしに活力と笑顔を届けられる存在であり続けたいと考えています。
最後に、これからも、“とどけ、活力。”の気持ちを胸に、従業員一同、前を向いて進んでいきます。そして、次の50年も、皆さまの日常に活力と笑顔をお届けできるよう、力を合わせていきます。